戦後最後の花婿移民奮戦記

日本に生まれ、異国の地に渡り住んだ私のつたない思いをつづります。

雲のように生きたい…

2019年06月28日 金曜日 古賀さん…

たけしん

以下にアメリカ高校留学した古賀さんの高校のロゴマークに対する思いの原文の抜粋を掲載する。


(抜粋)


みなさんの歴史や文化、視点について私は学んできたので、今回は私の(視点)を知ってほしいと思います。


私は長崎に近い、福岡の出身です。長崎は2発目の原爆が投下された場所です。わたしがこの高校に来られたのは皮肉な感じもします。


私の出身地は当初、原爆の標的でした。私の祖父母が焼け死んでしまっていたら、私はここにいなかったかも知れません。しかしその日、天気が曇りだったので標的は長崎に変わりました。


リッチランド高校ではキノコ雲のロゴは誰もに愛され、そこらじゅうにあります。私にとって、キノコ雲は犠牲になった人と今の平和を心に刻むものです。キノコ雲の下にいたのは兵士ではなく市民でした。罪のない人たちの命を奪うことを誇りに感じるべきでしょうか。


私の国では毎年“平和の日”があり、若い人たちは原爆によってもたらされた荒廃や恐怖について学びます。長崎では8万人もの市民、多くの子どもや女性が不正義なことに殺害されました。


私はみなさんのロゴマークを変えたいと思っているわけではありません。みなさんに個人的な見方について知ってほしいのです。


リッチランド高校ではキノコ雲は誇りの対象です。考えてみて下さい。爆発の後にできるキノコ雲は、爆弾が破壊したもので作られています。私は町の残骸や、戦争に参加していない罪のない子どもや女性、男性(からできたキノコ雲)に誇りを感じることはできません


私がここにいるのは、あの日が曇りだったからなのです。


どうでしょうか。

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