戦後最後の花婿移民奮戦記

日本に生まれ、異国の地に渡り住んだ私のつたない思いをつづります。

2018年02月25日 日曜日 ふるさと…

昨日、移住を経験した人たちの集まりのなかで
私は、故郷について話し合った。
故郷というものを提議されたとき、
まず、「故郷とは何か」ということを定義する必要があると思った。


基本的に私にとって「故郷」とは、文字通り、
「故・郷」と分けて考えた方がいい。
「郷」とは、律令制における地方行政区画の最下位の単位「里 (り) 」を奈良時代に改めた称なのである。はじめは、規模により分けられ、国・郡・郷の順であったのだが、のちに、下に村が設けられ、数村を合わせたものをよぶようになったのである。私たち人間は、集団で生活をする。その最小集団である家族が属する地域、つまり、自分の育った小さな地域を「郷」といったのである。


そこに、「故」がつくのである。「故」は、古い、昔からの、死ぬことを表す


「故郷」とは、「いにしえ(古)の郷」ということだと思う。古い郷は、現在には存在しないものなのである。必ずといっていいほど、姿形が変わっている。それが、「故郷」なのである。もっと言えば、「故郷」の存在は、心の中にしか存在しえないものなのである。


 では、「移住」を経験した人にとって、「故郷」は、どうとらえられているのだろうか。先日の会には、戦前に移住をした人のなかでも、満洲生まれの人がいた。「満洲」を故郷とする人、しない人、そして、最初の「移住地」を「故郷」とする人、いや、故郷なんてないんだという人と色々だった。


 私にとって、「故郷」といえば、幼少のときに育った地、東京の片田舎である。私も移住を経験したが、最初に働いたところが「故郷」とも思えないし、「第二の故郷」とも思えない。「故」という意味に、「死」という意味もある。「郷」が「故郷」になるためには「郷」が生まれないといけない。私のこころには、どう考えても初めての「移住地」という「郷」が生まれなかったのである。それは、なぜかと理由を尋ねられたら、それだけの思い出を持つことができなかったということだろうか。


 転勤族が多くなったり、海外を転々とする家族が多くなった昨今、もう、「故郷」というものの意味合いが薄れ、死語に近づいているのかもしれない。最後に「故郷」という歌詞を掲載するが、海外の移住地でこの「故郷」を聞いて多くの人が涙した。私もその一人である。


 どんなに難しいことを言っても、「故郷」は「故郷」なのだ。


故郷(ふるさと)文部省唱歌


作詞/高野辰之
作曲/岡野貞一


兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき ふるさと


如何(いか)にいます 父母
恙(つつが) 無しや友垣(ともがき)
雨に風につけても
思い出ずる ふるさと


こころざし)を 果たして
いつの日にか 帰(かえ)らん
山はあおきふるさと
水は清き ふるさと

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