戦後最後の花婿移民奮戦記

日本に生まれ、異国の地に渡り住んだ私のつたない思いをつづります。

2018年01月20日 土曜日 異民…

 祖国とは異なった国で暮らす民。ふつう、移民と書くが…私は、異民と書きたい。


なぜなら、「異」とは、「ことなる」ということ。ふつうとは異なった民でもある異国の地で頑張る民が本来の意味に近いと思う。「移り住んだ民」と書くと、どことなく「難民」のイメージと重なる。本来、祖国を離れ、移り住んでいく民、それが、移民。そして、祖国を離れれば離れるほど祖国を愛する感情が増えてくるのは、一世だけと言っていい。二世以降は、その地で暮らす人がほとんど。その地の教育を受け、その地の文化に馴染んでいく。ところがである。とくに日系人の場合、他の人種と結婚しない限り、日本人の特徴の子孫が生まれる。いわゆる見た目、日本人。中身は外国人の出来上がりとなる。ここまで書けば何を言いたいのかがわかると思うが、「移民」という二文字はただ単に、「移り住んだ民」としか意味がとれない。でも、「異民」と書けば、本来の「移民」が持つどっちつかずのあのあやふやなアイデンティティがはっきりと浮き出てくるのである。


 一世といえば、日本人を指すが、日本を離れた日本人は通常、日本人とはみられない。駐在人や外交官は別だ。面白いものである。異国の地で頑張る一般の移民は、もう純粋な日本人ではないのである。日本の血を受け継いだ異国に地で頑張る人「異民」なのである。だからこそ、造語である「異民」を定着させたいと思う。



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